技術士第二次試験。
今年はこの資格に全力投球するはずだった。
春ごろから週末や連休などの時間をこのために割いてきた。
セミナーに申し込んだり、テキストを買いあさったり、つぎ込んだ身銭も少なくない。
しかし、6月後半からモチベーションが下がってきた。
いろいろあったが言い訳はすまい。
すべて自分が頑張れなかっただけのことだ。
そして当日の今日の朝を迎えても、俺は試験会場へ行くかどうかまよっていた。
6月中旬を最後にまったく勉強していないのだから、合格する可能性はゼロだ。
なんのために試験会場へ行くのか。
合格できない試験を受けに行く理由は?と自問自答した。
ただ、試験会場すら行かないのは自己嫌悪になりそうだった。
理由はなくても、行くことで自分が満足できるならということで、俺は行く意味もわからぬまま、決めぬまま、試験会場へ行くことにした。
路線バスとJR、地下鉄を乗り継ぐ。
車内ではボーっとしていた。
ここ最近の時間や予定を無視した動きで心身ともに参っていた。
市営地下鉄・本山駅を降りると、試験会場である名古屋大学へ向かった。
名古屋大学へ行くのは、高校生の時に大学入試センター試験を受けて以来のことだった。
あたりはすっかり変わってしまっており、地下鉄の降り口を間違えたかときょろきょろしてしまった。
名古屋大学へ着くと、地下鉄の駅があった。
本山から名古屋大まで地下鉄が開通していたのである。18年も経てば、変わるものである。
とにかく、俺は無駄に1駅分歩いてしまったのだ。
汗だくの自分に苦笑いした。
名古屋大学は夏休み中ということもあって静かだった。
このどこかで試験が行われている気配がなかった。
受験票に書かれている建物を探してうろうろすると、1つの人の流れを見つけた。
それに合流して歩いていくと、会場の建物にたどり着いた。
集合時間の20分くらい前だった。
所定の教室に入ると、半分くらいが受験者で埋まっていた。
自分の席を見つけて席につくと、前後10人ほどの席がまだ空いていた。
まわりの受験者は自分の作成した論文を取り出して最後の詰めに余念がないようだった。
俺も論文くらい持ってくるんだったかと思ったが、往生際が悪いか。
なんてキョロキョロしながらいそいそと準備していると、とんでもないことに気付いた。
筆記用具がない。
愕然とした。
いくら合格できると思わずに来ているとはいえ、こんなことがあるだろうか。
自分の情けなさに自己嫌悪になる。
このまま帰ってしまうことも考えたが、なんとかして鉛筆の1本も借りられないかととりあえず教室を出た。
建物の入り口へ出ようとした途中で、試験本部の教室を見つけた。
「筆記用具を貸してください」と話をすると、白髪の試験官らしい人が、あきれていた。
「心構えがなってないよ・・・!」
皮肉っぽく言われ、俺はただ苦笑いするしかなかった。そのとおりである。
本来なら貸さないとのことだが、気の毒なのでということで鉛筆を貸してくれた。
合格するつもりもない自分に対する親切で、ありがたい反面、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
俺は鉛筆と消しゴムを手に会場の教室に戻ると、やがて説明があり、試験が始まった。
結局俺の前後10名ほどは来なかった。
ほかにも空席があり、全体の何分の1かは来ていなかったように思う。
俺みたいな奴が結構いるんだろうか。
俺は2ヶ月前に何度も書いていた論文を思い出しながら書いていった。
2つが必須とされている論文のうち、1つはなんとか書けた。
しかし内容はボロボロ。
セミナーで何度も添削を受けて完成した論文には程遠かった。
そして・・・2つめはまったく書けなかった。
そこでしばらく考え、潔く棄権することにした。
半分だけ書いた答案用紙の一番上に「棄権」と書いて、提出して教室を出た。
書けないことはわかっていたはずなのに、なぜだかとてもくやしかった。
試験本部に寄り、借りた鉛筆と消しゴムを返却した。
「せっかく貸してあげたのに・・・駄目だったの?今度は忘れないようにね」
と先ほどの試験官らしき人に言われた。
俺は「また来年出直してきます」と会釈をした。
会場を後にし、ひっそりとしたキャンパスを歩きながら、自己嫌悪に打ちひしがれつつも、少しずつ出直そうという前向き気持ちが心の中に生まれてきたのを感じた。
これだけでも、わざわざ会場に来たかいがあったかもしれない。
出直そう、今日からまた。